ABBAオフィシャルファンクラブ日本支部のホームページです。

ABBAファンのみならず、
ABBA初心者の方も楽しめるそんなサイトです。
充分にご堪能下さい。

劇団四季 マンマ・ミーア! WATERLOO RADIO

『The Show-A Tribute to ABBA』ラヴ・ソング!!

皆様、『The Show-A Tribute to ABBA』の東京公演のチケットはもう買いましたか?

まだまだ余裕があります。

会場でお会いしましょう!

今回は『The Show-A Tribute to ABBA』日本公演でパフォーマンスされる「ラヴ・ソング」特集!

さあ、あなたのお気に入りの曲はあるかな?

「恋のウォータールー」WATERLOO

タイトルの〝ウォータールー〟とは、ベルギー中部にある都市ワーテルローを英語読みした地名。ナポレオンがイギリス軍に大敗した『ワーテルローの戦い』で有名な場所だ。いかに目立ち、優勝するために「世界中の多くの人に覚えてもらう曲名にしないといけないな」と頑固なまでにこだわっていたマネージャーのスティッグは、当初「恋のウォータールー」ではなく「ハニー・パイ」と命名する。しかしどうもピンと来ない。そこでスティッグ一週間ほど、様々な本を読みあさった。「何か良いアイディアになる言葉はないか……」そして、ある言葉に目が止まったのだ。〝WATERLOO〟。「いいじゃないか、ナポレオンを題材にしていくらでも詩を書けるぞ」。過去、スウェーデンで最も作詩していたスティッグにとってイッキに頭が回転し始めた。この頃、ビヨルンはまだ英語の不慣れで、楽曲はスティッグ、ビヨルン、ベニーの三人で作られることが多かった。それもビヨルンの努力で徐々に作詩はビヨルンだけで担当することになる。

こうして完成した「恋のウォータールー」。国内でヒット・チャート一位を獲得。ちなみに二位は「恋のウォータールー」の英語スウェーデン語ヴァージョン、三位はLP『恋のウォータールー』だった。前作「リング・リング」と同じような「金・銀・銅」を独占した。海外ではベルギー、フィンランド、ドイツ、アイルランド、ノルウェイ、南アフリカ、スイス、イギリス、スウェーデンでナンバー・ワンを獲得し、オーストリア、オランダ、ジンバブエで二位、フランス、スペイン、ニュージーランドで三位、オーストラリアで四位、アメリカで六位、イタリアで十四位を記録。日本でも三位に入った。まさに、ナポレオンを破った敵国同様に、古いユーロヴィジョンの伝統を打破した一曲となったわけだ。

<歌詞の和訳>

そうよ、ナポレオンはウォータールーで降伏したのよ

そう、全く同じ風に

私も自分の運命に直面したの

本棚に置いてある歴史の本に書いてあることなんて

いつだって繰り返し起こっているのよ

 

*ウォータールー、私の負けだわ

ウォータールー、これからも永遠にあなたを愛すと約束するわ

ウォータールー、逃げたくても逃げられなかったの

ウォータールー、私の運命はあなたと一緒になること

ええそうよ、ウォータールー

とうとう私のウォータールーに直面してしまったわ

 

ウソじゃないわ、私、貴方を引きとめようとしたわ

だけどあなたの方が強かっただけ

そうね、今の私にたった一つ残されたチャンスは

負けを認めることしかないわ

よく今まで拒むことができたと思う

私ったら負けたっていうのに勝った気分でいるの

 

*くり返し

 

よく今まで拒むことができたと思う

私ったら負けたっていうのに勝った気分でいるのよ

ウォータールー、逃げられないのよ、どんなに逃げたくとも

ウォータールー、私の運命はあなたと一緒になること

ええそうよ、ウォータールー、

とうとう私のウォータールーに直面してしまったわ

ウォータールー、私の運命はあなたと一緒になること

アアそうよ、ウォータールー、

とうとう私のウォータールーに直面してしまったわ

「ワン・マン、ワン・ウーマン」ONE MAN,ONE WOMAN  

アメリカのAORを強く意識した大人のラヴ・ソング。「AOR」とは七〇年代~八〇年代初めにかけて、アメリカで「Audio-Oriented Rock」という言葉が使われていたその頭文字をとった標語。これは「音を重視するロック(音志向ロック)」の意で、パンクムーブメントやHM/HRといった方向とは違い、歪みのない楽器音と怒鳴らない声が特徴である。アーティストとしては、TOTOやクリストファー・クロス、ピーター・セテラがヴォーカルを務めた時期以降のシカゴに代表される。日本へは七〇年代後半に、「AOR(Audio-Oriented Rock)」として略語で音楽ジャンルとして簡単に紹介された為、その意を正確に理解されないまま普及した。

都会的でドラマチックなメロディとフリーダの渋いヴォーカルが印象的で、ABBA・ファンの間でも非常に人気の高い名曲。台湾では「イーグル」の代わりにサード・シングルとしてリリースされた。PVも制作されているので、コンサートでは当たり前のように披露したが、七九年のアメリカでのコンサートでは、あまりウケが良くない、と感じ、途中から外された。日本では前述したが、明石家さんまMCの日テレ『恋のから騒ぎ』のエンディング曲として使用されたこともあった。

 

<歌詞の和訳>

朝食のテーブルには

微笑みも、一言の言葉もないの

でも話したかった

とてもたくさん言いたいことがあるのだけど

とても出来そうにないと思ったの

貴方は立って、

ドアをピシャリとしめて行ってしまった

前に何回もそうしたように

そして、私は一人残され、泣き、絶望するの

 

1人の男と1人の女

友人でもあり、本当の恋人でもある

苦難の時を何とかお互いに

助け合っていきましょう

1人の男と1人の女

共にすごす人生

もう2度とは来ぬこのチャンスなの

貴方と私

永遠に

 

開いた窓の外には太陽がみえる

家の中では全てが冷たく

何か違っている、何か起きようとしているの。

一体、私たちの愛は

どこに行ってしまったのでしょう。

時々、どうしようもなくなった時、

私は、いちるの望みにすがりつきながら

泣きながら、心が死んでしまうように思う。

 

1人の男と1人の女

よりよい人生を白日夢みながら、

目覚めなくてはと思う

扉にカギの音がする

貴方が微笑み、

私は、仲直りしなくてはと気づく

私たちの愛は尊いもので

痛みと苦しみを払うだけの価値があるわ。

立ち直るのに遅すぎるということはないのよ。

「チキチータ」 CHIQUITITA  

日本では二〇〇一年一月~三月期ドラマ『ストロベリー・オン・ザ・ショートケーキ(タッキー、深キョン主演)』の主題歌として使用され、日本におけるABBA・リバイバル・ブームのきっかけを作ったことでも知られる名曲。実に世界十八カ国以上でナンバー・ワンを記録し、「ダンシング・クイーン」「テイク・ア・チャンス」などと並ぶABBAの代表曲として親しまれている。スパニッシュ・ギターを使った牧歌的で哀愁溢れるサウンドとメロディ、アグネタとフリーダの伸びのある歌声には脱帽!

当時はディスコ・ナンバーが世界を一世風靡し、ハードロック全盛時代でもあった時に「チキチータ」はそれらの楽曲に負けることなく、力強く、その存在意義を世界に知らしめた。ベニーは「確かに『チキチータ』は(当時の)ポップ・グループの歌うような作品ではない。でも、自分が良いと感じる音楽にはこだわるべきだ。自分が良いと思う歌を、それが時代遅れだからという理由で投げ捨ててしまってはいけないんだよ」と語っている。

前述したが「チキチータ」はユニセフの〝チャリティー・ソング〟としてプレゼントされ、七九年一月九日に行われた『チャリティー・コンサート』で初お披露目された。世界中に放映されたので、ご覧になった方もおられるだろう。当日はロッド・スチュワートやドナ・サマー、ビージーズ、エルトン・ジョンなどが出演し、ABBAは〝欧州から唯一〟のアーティストとして参加。「『チキチータ』は場違いだよね」と言っていた輩も居たが、国際児童年の提供曲としては、まさにピッタリの曲だったと思う。ベニーは「アメリカ的な音楽とは全く相容れない曲だからね」と語っている。ビヨルンは「とても誇らしく思ったけど、みんなの作品とはあまりにも違いすぎるなとは感じていた」と語っている。全世界に向けて披露した曲の中で「チキチータ」はいつの時代にも翻弄されない提供曲だったのではないだろうか?

アルバムからのファースト・シングルとして、七九年一月十六日に先行発売。オランダやフィンランド、南アフリカ、スペイン、スイス、ジンバブエ、ニュージーランド、アイルランド、ベルギーのほか、アルゼンチンやチリ、コロンビア、エクアドル、エル・サルヴァドル、メキシコ、パナマ、ペルー、ヴェネズエラと南米各国でヒット・チャートの一位を獲得。さらにイギリスとスウェーデンで二位、ドイツで三位、ノルウェイとオーストラリアで四位、オーストリアで六位を記録し、フランスで十三位、カナダで十七位、、アメリカで二十九位という結果になっている。日本では一位を獲得した。

日本では不二家ネクターのCMソングとしても使用され、多くのファンから「実に素晴らしい歌声だ」と改めて、ABBAに感動したファンも少なくなかったようだ。

 

<歌詞の和訳>

チキチータ どうしたのか話して

あなたは悲しみに縛られている

あなたの瞳に 明日への希望はない

そんなあなたを見るのは 嫌だわ

わたしに話すしかないじゃないの

私には分る あなたが悲しみに沈んでいるのが

 

チキチータ 本当のことを話してよ

私の肩にもたれて 泣いていいのよ

私はあなたの親友よ 頼ってよ

あなたはいつでも しっかりしてた

今は 羽毛のように 傷ついている

私たちはその傷を 直せると思うわ

 

*チキチータ あなたも私も

どうやって

心の痛みが訪れ 去るかを知っている

そして その傷跡が 消えるのかも

あなたも また踊れるようになるわ

苦しみは終わり もう悩むことなどないわ

 

**チキチータ あなたと私は泣く

でも 空には まだ太陽が輝いている

あなたの歌を もう一度 聞かせて 以前のように

新しい歌を チキチータ

***もう一度歌って 以前のように

新しい歌を チキチータ

壁は崩れ落ち

あなたの愛の灯は消えた

すべては終わり どうしたらいいか分らない

チキチータ 本当のことを話して

私に話すしかないじゃないの

私には分る あなたが悲しみに沈んでいるのが

 

*くり返し

**くり返し

***くり返し

「スーパー・トゥルーパー」 SUPER TRUPER

「スーパー・トゥルーパー」とはコンサート会場などで使用される巨大なスポットライトのこと。業界用語で本アルバムの中でも一番LASTに作られた楽曲(実は次回作の新曲だった)。新曲を作っている最中に、既にアルバム・タイトルが決まっていたLP『スーパー・トゥルーパー』という名称がそのまま使えるのではないか?と判断し使用することに決まった。

ワールド・ツアーを終えたばかりのABBAに相応しい名称として選ばれたタイトル「スーパー・トゥルーパー」。当初はあくまでもアルバムの呼称であり、同名の楽曲は存在していなかった。しかし、アルバムの最終チェックを行っていたビヨルンとベニーは、シングルとして相応しい楽曲がもっと必要だと判断。アルバムのジャケット撮影を目前に控えたこの段階で、彼らは丸二日間スタジオにこもって新作を書き上げた。それが本作だ。

当初のタイトルは「キラキラ光る小さなお星さま」というもの。ところがサビのメロディを繰り返し聴いていたビヨルンとベニーは、アルバム・タイトルの「スーパー・トゥルーパー」というフレーズが偶然にもピッタリとハマることに気付いた。

しかし、いざビヨルンが作詞に取り掛かろうとしたところ〝巨大なスポットライト〟というタイトルに見合うような歌詞というのがなかなか思い浮かばない。考えあぐねた末に突如として湧いたのが、当時出会ったばかりだった現在の妻レナのことだった。ジャパン・ツアーで日本各地を回っている間、離れ離れになったレナのことばかりを考えていたビヨルン。客席の中にレナがいてくれたら何と嬉しいことだろう。そんな記憶が甦ったビヨルンは、その素直な気持ちを歌詞に投影することにしたのだ。

従来のABBAらしいキャッチーなメロディとアップビートなリズム。しかし、そこはかとない哀しさを湛えた独特のセンチメンタリズムが、これまでのABBA作品とは一味も二味も違う余韻を残す作品。低音で陰りのあるフリーダのリード・ヴォーカル、ABBAらしい心地よいハーモニー、「スパパ、トゥルパパ」という男性陣のコーラス。何もかも完璧に仕上がった楽曲だ。この曲を聴くたびに心が落ち着く人も多いのではないだろうか?

アルバムからのセカンド・シングルとしてリリースされた本作は「ザ・ウィナー」に続いて全英チャート一位を獲得。さらに、ベルギー、ドイツ、オランダ、アイルランドでもナンバー・ワンとなり、ノルウェイで二位、オーストリア、スイス、メキシコで三位、フランスで四位、フィンランドで五位、スペインで八位をマーク。その他、本国スウェーデンで十一位、ジンバブエで十八位、アメリカでは四十五位を記録。ちなみに日本では意外にも伸びず六位が最高位。武田鉄也主演の『三年B組金八先生』にも劇中、三原じゅん子が電話している場面でBGMとしてかかっている。覚えているだろうか?

尚、多くの人が「『スーパー・トゥルーパー』の歌詞の中の〝NO1〟と言うのは、ABBA自身のことを言っているのでしょ?」と思っているようだ。実は、筆者も高校一年の時はそう思っていた。その後、英語が上達し、自分でも訳せるようになると、NO1とは決してABBAそのものをさしているのではないことがわかった。皆さんはどうだろうか?

 

<歌詞の和訳>

スーパー・トゥルーパーの

光が目をくらませる

でもブルーな気分にはならないわ

いつもみたいに

だってこの人ごみのどこかに

あなたがいるのだから

 

なにもかもが

いやになっていたの

きのうあなたに

グラスゴーから電話をしたときは

私がしていることといえば

食べて寝て歌うだけ

これ以上ステージがありませんようにって

ステージのたびに願っているわ

だからわかるかしら

あなたが来ると聞いて

どんなにうれしかったか

突然元気になったわ

さあ、いつもとは

まったく違いそうよ

今夜の私のステージは

 

今夜スーパー・トゥルーパーの

ライトが照らす私は

太陽みたいに輝いて

笑顔で楽しんで

ナンバーワンの気分を味わっているわ

今夜もスーパー・トゥルーパーの

光が目をくらませる

でもブルーな気分にはならないわ

いつもみたいには

だってこの人ごみのどこかに

あなたがいるのだから

 

2万人もの

あなたの友達が目の前にいる

さみしくなんて

なるわけがないわ

果てしのない

成功の中で

私はやっぱり

あなただけを思っている

時々思うのよ

気がおかしくなって

いるんじゃないかと

でももう大丈夫

すべてがまったく

違いそうよ

今夜の私のステージは

 

今夜スーパー・トゥルーパーの

ライトが照らす私は

太陽みたいに輝いて

笑顔で楽しんで

ナンバーワンの気分を味わっているわ

今夜もスーパー・トゥルーパーの

光が目をくらませる

でもブルーな気分にはならないわ

いつもみたいには

だってこの人ごみのどこかに

あなたがいるのだから

 

私はステージにいるわ

あなたが来る時には

あなたを見れば

確信できるの

私はまだ生きているって

そして私を

腕に抱いて

ぎゅっと抱きしめて

今夜はきっと

特別になるわ

今夜スーパー・トゥルーパーの

ライトが照らす私は

太陽みたいに輝いて

笑顔で楽しんで

ナンバーワンの気分を味わっているわ

 

今夜もスーパー・トゥルーパーの

光が目をくらませる

でもブルーな気分にはならないわ

いつもみたいには

だってこの人ごみのどこかに

あなたがいるのだから

“The Show A Tribute To ABBA” JAPAN 2018
♬ SUMMER NIGHT CITY / サマー・ナイト・シティ
♬ TAKE A CHANCE ON ME / テイク・ア・チャンス
♬ I DO I DO I DO I DO I DO / アイ・ドゥ、アイ・ドゥ
♬ FERNANDO / 悲しきフェルナンド

– ACOUSTIC MEDLEY – ~アコースティックメドレー〜
♬ I have a dream / アイ・ハヴ・ア・ドリーム
♬ Slipping through my fingers / スリッピング・スルー
♬ Honey Honey / ハニー、ハニー
♬ SOS / SOS
♬ Our last summer / アワ・ラスト・サマー

♬ THATS ME / ザッツ・ミー
♬ INTERMEZZO / インテルメッツォ・ナンバー・ワン
♬ EAGLE / イーグル
♬ VOULEZ VOUS / ヴーレ・ヴー
♬ I HAVE A DREAM / アイ・ハヴ・ア・ドリーム
**only when there is a children choir 子どものコーラスが入る時のみ演奏
♬ THE WINNER TAKES IT ALL / ザ・ウィナー
♬ ONE MAN ONE WOMAN / ワン・マン、ワン・ウーマン
♬ MAMMA MIA / マンマ・ミーア
♬ KNOWING ME KNOWING YOU / ノウイング・ミー、ノウイング・ユー
♬ MONEY MONEY MONEY / マネー・マネー・マネー
♬ CHIQUITITA / チキチータ
♬ DOES YOUR MOTHER KNOW / ダズ・ユア・マザー・ノウ
♬ DANCING QUEEN  / ダンシング・クイーン
♬ GIMME! GIMME! GIMME! / ギミー!ギミー!ギミー!
♬ SUPER TROUPER / スーパー・トゥルーパー
♬ SO LONG / ソー・ロング

-extra- アンコール
♬ WATERLOO / 恋のウォータールー
♬ THANK YOU FOR THE MUSIC / サンキュー・フォー・ザ・ミュージック

ツアースケジュール

・9/17(月・祝)13:30開場:新宿文化センター

・9/17(月・祝)17:30開場:新宿文化センター

・9/18(火)18:30開場:新宿文化センター

・9/19(水)18:30開場:新宿文化センター*千秋楽

https://www.regasu-shinjuku.or.jp/bunka-center/

■東京公演チケットぴあE-plusローソンチケットCNプレイガイド

東京公演についてのお問い合わせ・・・・・・・・ 株式会社うぼん:03-6388-0087

ホームページ作成ホームページ制作京都
All contents on this site  c 1972-2012 ABBA MUSIC & MUSICAL IN JAPAN.
Please ask permission in writing before using anything published on this website.