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『CHESS IN CONCERT』セカンドヴァージョン㉘なぜ今、『CHESS』か?<前篇>

『CHESS』のストーリーは、激動する!!

作品をヒットさせたければ、この方法に従えばいいと製作指揮のティム・ライスは語った。サスペンスあり、ドラマあり、涙や悲しみあり、個性の強い登場人物(配置が難しい)、そして数々の素晴らしい曲。『CHESS』は、要素があまりにも多すぎるのだ。

1984年の最初のレコーディングとコンサートは、すべてが順調に進んだと言っていいだろう。アルバムも2曲のシングルも世界中で大ヒット(「ワン・ナイト・イン・バンコク」「アイ・ノウ・ヒム・ソウ・ウエル」)し、劇場プロデューサーは上演権の獲得に躍起になった。その結果、1986年5月から3年近く、ロンドンのウエスト・エンドで公演された。だがこの公演は、レコーディング当時の熱い注目から想像されたほどには、作品の完成度も興行成績も振るわなかった。理由のひとつには、第1回リハーサルの直前に当初の演出家が病気で降板を余儀なくされたという完全な不運もあるが、完全な機能不全(チームとしての)という側面もある。それにもかかわらず、ロンドン公演で400万ポンドものコストを回収できたのはよかった。

『CHESS』の舞台化にあたり、オリジナル・アルバムとまったく同じ通りにするという考えは、当初からなかった。プリンス・エドワード劇場(ロンドン)でのこの公演に向けても追加や変更を加え、その大部分はうまくいった。しかし、二人の著名な演出家の見解を無理に融合させた結果、作品に少なからず混乱が生じ、初演を終えてもなお変更が続いた。作品は元の形をなんとか留めていたものの、際限なく変更を繰り回すのは無意味だということがようやくはっきりした。まったく新しいコンセプトで、ブロードウェイ公演で再出発した方がいいのではないか、と(演出家の突然の「死」については明日、説明します)。

そこで、ブロードウェイ公演では大きな変更が加えられた。だが、その変更の中には、これだけ時が経った今でも、その理由がよく理解できないものがある。アメリカ人の作家がチームに加わり(「チーム」という言葉が正確でないことがすぐに判明するのだが)、作品のオペラ的な感じが失われた。ストーリーは大幅に変わり、舞台セットも完全に新しいデザインになった。登場人物の国籍、名前までもが変わった。終盤には別のCHESS世界チャンピオンも登場した。メラノは、歌としても場所としても出てこなくなった。おびただしい数の歌が追加されたが、初演までにはその多くが消えた。フローレンスが歌う「ザムバディ・エルズ」の追加は例外で、この曲は他より際立っていた。

『CHESS』ブロードウェイ公演は8週間しか続かなかった。普通なら、不名誉な結果を残した作品としてそのまま終わるのだろうが、この作品は、アメリカ国内でさえも、そのまま簡単には終わらなかった。その理由はもちろん、歌にあった。突飛な演出のブロードウェイ公演を経ても、この作品の歌の素晴らしさは損なわれなかったのだ。俳優や歌手は、特にオーディションで、素晴らしいメロディを持つこれらの曲を歌いたがった。また演出家たちは、素晴らしいメロディが次々に出てくること、また、この作品の権限を持つ人々はおそらくオフィシャル・ヴァージョンの内容を覚えていないため、自分でストーリーを作り直すことができることから、ストーリーが混乱していても我慢できると考えた。

続く


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